【映画】「ひゃくはち」

栄冠は君に。


あらすじ:

野球の名門として知られる京浜高校の補欠部員・雅人とノブは、甲子園のグラウンドを目指して毎日過酷な練習に励んでいた。しかし上級生が引退しても、彼らに与えられるのは雑用ばかり。そんな中、有望株の新入生が入部したことにより、2人は高校最後の甲子園のベンチを巡って争うことになり……。29歳の新鋭・森義隆監督が、補欠部員たちの奮闘を爽やかに描いた青春ドラマ。雅人役に映画初主演の斎藤嘉樹、ノブ役に「恋空」の中村蒼。(eiga.comより)

映画情報:
監督・脚本:森義隆
原作:早見和真
撮影:上野彰吾
音楽:和泉剛
製作国:2008年 日本映画
上映時間:2時間6分
配給:ファントム・フィルム
キャスト:斉藤嘉樹、中村蒼市川由衣竹内力高良健吾北条隆博桐谷健太三津谷葉子有末麻祐子小松政夫二階堂智光石研


感想:

毎年、熱戦が繰り広げられる甲子園。ひたむきに白球を追う球児の姿に、毎年目頭を熱くしている人も多いことでしょう。真剣勝負をしている彼らの姿が、自分より年下の高校生だとはとても思えない人もいるかもしれません。でも、私たちがTVで見る高校球児たちは、全国の野球をしている高校生の、ほんの、ほんの一部でしかありません。大多数の高校球児は、スタメンに入ることはおろか、補欠にすら入れない子もたくさんいるのです。私たちが甲子園で見ているのは、「高校野球」という大きな物語のほんの一部でしかないのです。そしてこの映画では、「ほんの一部」ではない高校球児たちが主人公なのです。


この映画の主人公は、強豪校の野球部に所属している、「目指すは補欠!」という高い(?)目標で日々努力を重ねる二人の高校生、雅人(斉藤嘉樹)とノブ(中村蒼)。世間では、高校球児は「清純で真面目」といったイメージで見られることが多いですが、この映画では高校球児の日常を過度に美化することなく、ありのままを描こうとしています。映画として不完全なところもありますが、高校野球の清濁両面を描き、それでありながら、最終的には高校野球というものを肯定してみせるこの作品は、高校野球好きはもちろん、高校時代に部活に打ち込んでいた人も胸を熱くしてしまう作品なのではないでしょうか。


どちらかといえば高校野球にネガティブなイメージを持っていた私でさえ、高校野球っていいなと思わせられるほど、よくできた青春映画の隠れた傑作だと思います。


おちゃらけたムードメーカーの雅人と物静かで冷静なノブという、対照的なキャラクター設定は、青春映画ではスタンダードな設定とはいえ、斉藤嘉樹くんと中村蒼くんがそのキャラクターにマッチしていて、非常によかったです。また、脇を固める役者陣も素晴らしい。『フィッシュストーリー』でも存在感を放っていた高良健吾ですが、この作品でも本当に素晴らしい演技を見せてくれています。あんなに自然な「セックスしてぇ…」というつぶやきは聞いたことがありません。もはや青春映画に欠かせない存在となった桐谷健太も相変わらず最高に面白いです。野球部の鬼監督に竹内力というキャスティングは、初めフィクション感が出すぎるのではないかと危惧していたのですが、そういうこともなく、逆に、役者陣のリアルな緊張感を引き出すことができたという意味で、もっともこの映画に貢献しているかもしれません。


高校球児を「汚れなき存在」として喧伝する高野連や、それを信奉している「高校野球信者」の方々には、この映画には目を覆いたくなるシーンばかり現れるかもしれません。「タバコは高校球児のサプリメント」と豪語し、お酒をがぶ飲みしながら女子大生との合コンに興じる…そこに甲子園での輝かしい高校球児の姿はまったくありません。タイトルの『ひゃくはち』の意味でわかる通り、高校球児だって普通の高校生であり、この映画ではそれが殊更に強調されます。これがそのままリアルだとは思いませんが、強豪校でないにせよ体育会系がヒエラルキーの頂点にいた高校に身を置いていた私としては、それほど現実とかけ離れているとも思えませんでした。また、野球部監督とプロのスカウトとの灰色の関係など、高校野球そのものが構造的にはらんでいる問題もきちんと描いていて、好感が持てました。


ただ、高校球児の煩悩を象徴するんだったら、「女子大生とのセックス」じゃなくて「オナニー」だろ!!とは思いましたが。この映画では、恋人との関係の描写があまりに不十分で中途半端に感じ、これならば一層のことばっさり切ってしまってもよかったかもしれません。また、音楽やその使い方がちょっとベタで、この点は残念に思いました。


高校野球がこうも人々の心を捉えて離さないのは、それは終わりが見えている物語だからではないでしょうか。高校三年間という非常に短い期間、その間に「目標」を目指して努力する、その経験こそが何物にも代えがたいものになるのだと思います。二人は最初、応援席で応援するしかない野球部員を馬鹿にしているのですが、三年間を通じてその思いが徐々に変わっていきます。見る側にとっても、オープニングにおいて応援席で必死の形相で応援していた、はたから見れば滑稽な三年生の姿が、終盤においてまったく別の印象で思いだされるのです。



だからこそ、三年間がんばってきたけど補欠にさえ入れなかったという人物を、雅人かノブのどちらか、または全く別の登場人物が担っているべきだったと思います。そうすればよりこの作品で言いたいメッセージは強調されていたかと。


しかし、森義隆監督自身も野球部だったらしく、練習シーンや試合シーンなどの演出はまったく逃げておらず、偽物感はまったくありません。若い役者陣の生き生きとした、演技を超えたパワーを感じることができ、青春映画として最も必要な要素を備えたこの映画は、間違いなく傑作といってよい作品だと思います。