【小説】「海の底」

[★★★★☆]
我々は大勢であるがゆえに…

海の底 (角川文庫)
海の底 (角川文庫)
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有川 浩
角川グループパブリッシング
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内容紹介:
横須賀に巨大甲殻類来襲。食われる市民を救助するため機動隊が横須賀を駆ける。孤立した潜水艦『きりしお』に逃げ込んだ少年少女の運命は!?海の底から来た『奴ら』から、横須賀を守れるか―。

著者紹介:
有川 浩
高知生まれ。主婦として関西暮らし十有余年目。第10回電撃小説大賞大賞受賞作『塩の街』にて作家デビュー。(Amazon.co.jpより)

感想:

海の底―――そこは人間にとって最も未知の世界だといえます。

この小説は、海の底より出現した巨大生物レガリスによって横須賀の街が襲われ、その事件に遭遇した人々の物語です。物語は大きく、自衛隊員の夏木と冬原とともに潜水艦に避難し、生活することを余儀なくされた子供達の日々を描いたパートと、レガリスの襲来に対抗するために策を練る神奈川県警の明石や警視庁の烏丸らが活躍する市街地パートの二つで構成されています。


こう書くと、怪獣小説かのように思いますが、実はまったくそうじゃない。この小説の核となっているのは、潜水艦の中に閉じ込められた少年少女たちの物語なのです。レガリスはその設定を作り出すために登場しているに過ぎません。難しい年代の少年少女たちの葛藤や悩みが、ジュブナイル小説のような瑞々しいタッチで描かれています。

特に、船内での唯一の女の子であり、そして最年長の女子高生である森生望の感情の機微が非常に丹念に描かれていました。ここまで少女の気持ちを描ききるのは男性作家には不可能なことであり、女性作家である作者の魅力が存分に発揮された作品かと思います。


ひとりひとりの少年少女たちのキャラクターが生きていて、そしてそれぞれに乗り越えるべき壁が描かれている、非常に巧い小説だと思いました。夏木と冬原といったベタ極まりないキャラクター設定は少々の違和感は持つものの、気になるほどではありません。終わり方も清々しく、読了感が非常に心地いい小説でした。考えてみれば、潜水艦パートは潜水艦という密室空間しか描かれていない訳で、それをここまで引きつけて読ませる作者の力量というものを思い知らされました。良い小説家だと思います。早く『図書館戦争』も読まないと。


しかし、この小説には残念な部分もあります。まず、何よりもレガリスがまったく怖くなく、魅力的でもない。「巨大エビ」や「巨大ザリガニ」といった比喩はやめて欲しかった。ガメラを「巨大ガメ」と言っちゃ興ざめでしょ?警察と自衛隊の行動領域の限界とその葛藤を描くためには、レガリスの戦闘力が微妙な力加減でないといかないというのはわかりますが、それでもなお恐怖感を感じる存在として描いて欲しかったと思います。



なので、ガメラ好きの方にはぜひ、「レガリス」を「ソルジャー・レギオン」に変換して読み進めることをおすすめ致します。しかしそうして読んでいくと、「女王レガリス」のくだりで「なに!?マザー・レギオンの登場か!?」と色めき立ってしまいますが、残念ながらマザー・レギオンは登場しませんので悪しからず。



当初期待していたものとはまったく違っていたものの、青春小説として非常に良い小説だったので、むしろ怪獣やら怪物やらというイメージが先行していて読むのを避けていた人にこそお勧めしたい小説です。